ええとこ(スポット)

なると第九

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大正6年、鳴門市板東の地には千人ものドイツ人が生活する町がありました。
第一次世界大戦のドイツ兵俘虜(ふりょ)が収容されていた板東俘虜収容所です。

そこには当時としては、きわめて稀な開放的風潮があり、「収容所」という閉鎖的なイメージとはかけはなれていました。

 

「彼らもお国のために戦ったのだから」 が口癖だったと言う、会津藩出身の松江 豊寿所長。
彼の思いやりに溢れる、人間性と信念を反映したこの収容所では、ドイツ兵士たちは比較的自由な生活をおくり、音楽・演劇をはじめさまざまな文化活動や事業が行われていました。

そして、1918(大正7)年6月1日、板東俘虜(ふりょ)収容所にてドイツ兵捕虜たちによる国内初の第九が高らかに演奏されました。

鳴門市ではそれを記念して6月1日を「第九の日」と定め、1982年からは毎年6月の第一日曜日に演奏会を開催しています。

ドイツと日本の友好関係を記念して建てられたドイツ館には、当時のドイツ兵俘虜と地域社会の交流について知ることができる数多くの遺産が展示されています。

 

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板東俘虜収容所の跡地は現在「ドイツ村公園」になっており、公園の山手には2つの慰霊碑があります。

ひとつは1919年に帰国前のドイツ兵たちの手によって建てられ、板東ゆかりのドイツ兵11名の名前が刻まれています。
第二次世界大戦後、近くに住む高橋春枝さんが草に埋もれた慰霊碑を発見し、高橋さんはじめ地域の方たちによって長年手入れと献花を続けてこられました。

 

1960(昭和35)年に高橋さん達の慰霊碑の供養の様子が新聞で報道されたことと、1962(昭和37)年に元俘虜であったライポルト氏から届いた収容所跡の近況を尋ねる手紙をきっかけに、
元ドイツ兵俘虜と地元の人々との交流が復活しました。

 

1964(昭和39)年7月14日には、高橋春枝さんにドイツ功労勲章が送られ、1970(昭和45)年8月29日、元捕虜であったライポルト、クライの両氏が来訪。

1972(昭和47)年5月10日、ドイツ元俘虜や有志の方たちからの寄贈・寄付によって、
鳴門市ドイツ館が開館しました。

ドイツ・リューネブルク市と姉妹都市盟約に調印したのは1974(昭和49)年4月18日でした。

それから2年後の1976(昭和51)年11月14日、全国の収容所で亡くなった87名の合同慰霊碑が完成。

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1983(昭和58)年6月に独友好と永久の平和を願って建設された「ばんどうの鐘」は、鐘の部分はドイツ産業連盟が鋳造して空輸、塔を鳴門市が建設しました。
朝夕6時と正午の3回美しい音色を響かせています。

 

2006(平成17)年に公開された映画「バルトの楽園(がくえん)」は、板東俘虜収容所を舞台に、松江を中心とする収容所所員とドイツ兵、地域住民との交流が描かれています。

 

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1918(大正7)年6月1日に板東俘虜収容所でドイツ兵捕虜たちによる国内初の第九が演奏されました。

鳴門市では6月1日を「第九の日」と定め、1982年からは毎年6月の第一日曜日に演奏会を開催しています。

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