ええとこ(スポット)

門前通りおもてなしの街・板東と鳴門市ドイツ館

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鳴門うずしお観光協会さん提供、鳴門のモデルコースを探索してきました。
今回は「門前通りおもてなしの街・板東と鳴門市ドイツ館」のモデルコースをご紹介します。

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霊山寺 りょうぜんじ

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[竺和山霊山寺』

四国八十八ヶ所霊場の全行程はおよそ1460キロ、365里に及びます。
この霊場を札所番号の順に巡拝する遍路には、ここが「発願の寺」「同行二人」の長い旅となります。

縁起によると、聖武天皇(在位724~749)の勅願により行基菩薩が開創された。弘仁6年(815)、弘法大師が四国の東北から右廻りに巡教された際、この地で衆生の88の煩悩を浄化し、また衆生と自らの厄難を攘はらって、心身の救済ができる霊場を開こうと37日間の修法をされました。
その時、仏法を説く一老師をたくさんの僧侶が取り囲み、熱心に耳を傾けている霊感を得ました。大師は、その光景が天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が説法をしていた情景と似ていると感じとり、インドの霊山を和国(日本)に移す意味で「竺和山・霊山寺」と名づけられました。
このときの念持仏が釈迦誕生仏像であり、本尊の前に納められたことから四国八十八ヶ所の第一番札所とさだめ、霊場の開設・成就を祈願されたと
伝えられる様になりました。

ガイドさんのコメント

「なぜ1番札所になったのかというと、昔は鳴門の撫養が一番近い港だったので関東や関西方面から来る人が多かった為です。
当時は手形をもっているかどうかで、亡くなった時や、病気になった時の対応が違ったそうです。
手厚く葬ってくれたり、村全体で看病してくれたそうで、これは昔の文献に残っています。」

基本的なお参りの仕方

  1. 山門(お寺の入り口)で一礼する。
  2. 手を清め、口をすすぐ。
  3. 本堂へ参拝する。
  4. お灯明(ロウソク)とお線香三本をあげる。
  5. 納め札を納める。
  6. お賽銭を供える。
  7. 数珠(念珠)を擦り、お経(真言)をとなえる。
  8. 続いて同様に大師堂にお参りをする。
  9. 納経帳の御宝印を頂く。
  10. 最後に山門でお礼の一礼をする。

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大麻比古神社 おおあさひこじんじゃ

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『阿波國一の宮 大麻比古神社』

大麻比古神社は県下一の格式を誇る神社で、地元では古くから標高538mの大麻山を御神山として信仰が続けられてきた神社です。

また、猿田彦大神も合わせて祀られています。
大麻比古大神は、古代、阿波国を開拓した忌部氏の祖先とされています。
もともとこのあたりでは麻がよく栽培されており、朝廷に献上されていました。
その後、天日鷲命(あめのひわわしのみこと)や天太玉命(あめのふとたまのみこと)といった御先祖神をあわせて、この大麻山の麓にお祀りしました。
猿田彦大神は大麻山の峯に鎮座していたのを、いつの頃からか一緒に祀られるようになったといわれています。
天孫降臨のとき道案内をしたいわれいる猿田彦大神は、道祖神としても知られ、人々の行き先を守り、災難を遠ざける(交通安全・厄除けの神)といわれています。
古代からこの二神を合わせて大麻比古大神と崇敬を集めていました。
いつから祭られたかはっきりとわかっていませんが、平安時代初期の文献にはすでに記載されています。

春には境内に美しい桜が咲き乱れ、初詣の時期には県内外より約30万人もの人々が参拝に訪れます。
大きな赤鳥居から1Kmほどの参道が北に延び社前の川には鮮やかな祓川橋があり、境内に入り階段を上がると心を癒すパワースポットと言われている御神木である樹齢千余年の大楠が迎えてくれます。
その大きな幹からつながる巨大な根の間には神が宿り、また『霊峰大麻山』からやってくる道開きのエネルギーにより新しい可能性を切り開くパワーをサポートしてくれます。
楠は神社でよく植えられていますが柔和でやさしいエネルギーを持ち、疲れた心や傷ついた心を包んで癒してくれるので、近くでゆっくりと時間を過ごしてください。

ガイドさんのコメント

祓川橋の下の河原にはお猿さんがよくいます。(橋の手前にはお猿さん注意の看板もあります。)境内の大楠はかなりのパワースポットのようです。

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ドイツ橋・めがね橋 どいつばし・めがねばし

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『ドイツ橋・めがね橋』

大麻比古神社・本殿の裏手に石橋がふたつあります。
「めがね橋」と「ドイツ橋」です。

およそ100年前、大正6年(1917年)~大正9年(1920年)の2年半の間、近くにあった第一次世界大戦の俘虜収容所に収監された約1000人のドイツ人達により、友好の証として作られたもので10の橋のうち、このふたつが現存しています。
「俘虜」と「友好の証」は繋がりにくい気もしますが、鳴門・板東の地ではそれが共存します。

俘虜により作られた橋と言っても強制労働によるものではなく、近隣住民から生活路として使用する橋の製作要望を受け、近くで採れる和泉砂岩を使用し、作られたものです。

「ドイツ橋」は県の文化財史跡に指定(2004年/平成16年)され、保護のために渡ることができませんが「めがね橋」は今でも渡ることができます。「めがね橋」がかかる鏡池もドイツ人俘虜により造成されたものです。

「ドイツ橋」は、ドイツ人俘虜が作った10の橋のうち最後に作られた橋で、大正8年(1919年)6月に完成しました。
「ドイツ橋」の下は小川が通っており、水が少なければ歩くことができ、 日本とドイツ、両国の友情の架け橋として、昔を偲ぶことができました。
ちなみにめがね橋の近くにある石に1円玉を投げ石の上に乗れば幸せになれるという謂れもあるそうです。

ガイドさんのコメント

俘虜の方たちは、地元住民から親しみを込められて”ドイツさん”と呼ばれていました。
架橋作業は大変だったとは思いますが、完成した際には近隣住民からとても感謝され、喜ばれたと伝えられています。

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道の駅第九の里 みちのえきだいくのさと

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『道の駅第九の里』

5月の陽気を思わせる中、「道の駅 第九の里」に向かいました。
大麻比古神社の裏手を抜け、自動車道の道沿いを30分ほど歩くと
それまでの風景とは一風変わった異国風の建物が右手に見えてきました。
道の駅に隣接されたドイツ館です。

第一次世界大戦中、1917年から1920年にかけて鳴門の坂東にはドイツ兵の俘虜収容所があった事から、ドイツとの交流が生まれ、それを記念して建設された建物だそうです。

昭和47(1972)年、元俘虜たちから寄贈された資料を中心に建設されましたが、築後20年をこえて施設の老朽化や収集資料の増加により手狭になってきました。
そこで平成5(1993)年、東四国国体のメイン会場の1つが鳴門市となったことを記念して、新ドイツ館の建設が計画され、同年10月13日に現在の地に新築移転されました。

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ガイドさんのコメント

「ドイツ館では当時の収容所や人々の交流、ベートヴェン交響曲「第九」アジア初演の様子などを知ることができます。
道の駅には当時のバラッケを解体・移築して建てられた物産館もあります(登録有形文化財)。」

バラッケとは、英語の「バラック」粗末な小屋という意味で、坂東俘虜収容所では下士官・兵卒用の建物がそう呼ばれており、
戦後は個人の住宅して使用されていました。
バラッケに間違いないと決め手になったのは「洋小屋組み」という特徴の屋根の構造らしいです。
是非注目してみてください。
館内ではドイツの地ビール、ドイツのパン、ソーセージなども販売されており、軽食も取ることができます。

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★グルメレポート 道の駅 第九の里★

ドイツ館の敷地内、道の駅に併設されているカフェ、 「ドイチャーインビスDOM」へ♪
お店は「道の駅・第九の里」の中にあります。
建物の一番右の入り口がそうです。
入り口の横に立て看板はあります。
お店に入ると正面右手に大きなメニュー看板があります。
店内にはドイツのビール(ノンアルコールビールもあります)や
ドイツのパンなどが売られています。
メニューもたくさんあり
どれも食欲をそそりますね♪
何を食べようかかなり迷ったので
お店の方にお聞きしてみました。
するとソーセージの違いとしては「ハーブの入ったものと
そうではないもの」があるそうです。
僕はハーブの入ったチューリンガーウルストを注文しました(・へ・)!
待つこと10分程度・・・
まだヵナ♪(・∀・。)キョロキョロ(。・∀・)まだヵナ♪
きました!!

「で、で、で、でかい」

見た目のインパクトがかなりありました。
パンからソーセージがはみ出る程のソーセージの長さ!
これがドイツ人なのか(-_-)/~~~
気になるお味ですが、

ホットドッグ、最高においしいです!

ライ麦パンと白ソーセージの組み合わせ、抜群です。

僕は飲酒しませんでしたが、皆さんドイツの瓶ビールと共にホットドッグをかじっていました。 病みつきにりそうです!
また鳴門市を訪れる機会があれば絶対にまた行きたくなるようなお店でした♪

そのほか地元の野菜なども使ったお土産も販売されています。 味にバラエティーがあるレンコンチップスがおすすめです。
珍しいカレー味も!
トイレも広く自動販売機も多数設置されているので、ツアー中にここで小休憩をとる事が多いそうなので、是非皆さんもお試しください。

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板東俘虜収容所 ばんどうふりょしゅうようじょ

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『板東俘虜収容所』

その後、坂東俘虜収容所跡地に向かいます。
大正ロマン調の特徴ある門構えが見えてきました。
(俘虜収容所がモデルになった映画「バルトの楽園」(2006年公開)でも同じ門を見たような・・・)
こちらの跡地は当時の収容所の3分の1程度の規模らしいです。
跡地の周囲には、ドイツから来日した俘虜たちの妻子の居住地があったらしいです。俘虜と言ってもかなり自由な生活が許されていたらしく、ケーキ屋、パン屋、印刷所なども営まれていたそうです。

収容所が解体された際には、150人のドイツ兵が日本に残ったそうです。
収容所の雰囲気をしのばせるようなエピソードですね。

門をくぐると、敷地跡が残っています。思ったより部屋のスペースが割り当てられていました。さらに進むと、給水塔がありました。
これはあとから作られたもので、日本陸軍が使用していたものらしいです。

さらに奥に進んでいきます。
小さなかがんでくぐる感じのかわいらしい石造りの橋が。
こちらは当時の物らしいです。当時の人はこの上を通ったのでしょうか。橋をくぐると、きれいな紫色の花が咲いていました。
緩やかなのぼり坂を上がっていくと右手に、新旧の慰霊碑が見えてきました。
古いほうは当時の物で、知る人ぞ知る存在だったようです。 今はその横に新しい立派な慰霊碑が建設されています。

慰霊碑を通り過ぎ、貯水池をぐるっと回ると、赤十字の大きな石碑がありました。

ガイドさんのコメント

「この石碑は、当時、ウラジオストックで厳しい俘虜生活を送っていた同胞のためにドイツ兵が、徳島でコンサートを開いて得たお金を送った博愛精神を顕彰して建立されたものです。いまでは世界中の赤十字の関係者が訪れるほど有名になっていて、女優の藤原紀香さんも来たこともあります。」

色々と考えさせられるところのある鳴門に誇る貴重な史跡でした。

 

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今回のコースマップ

今回のコースに興味を持たれた方は、「鳴門市うずしお観光協会内・ボランティアガイドツアー申込み」までぜひお問い合わせください。

お申し込み・お問い合わせはコチラ

(鳴門市うずしお観光協会)

088-684-1731

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